奇跡の星 ―― 大地に根付く生き方を

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カテゴリ:エッセイ( 6 )

日常のこと

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20年ぶりといったけれど、正確には18年ぶりのブランクがあっての以前の職種に戻るという
予想外の展開。。。

病気をもっての職場復帰なのでいろいろ配慮してもらいましたが
肝心かなめは自分の努力次第ということですね。

友人に以前から誘われていて、でもその友人の職場では
フルタイムしか募集してないということで
体調を考慮して半日勤務を希望していて見つかったのがいまの職場。。。

施設長さんに病気の理解をしてもらっているので時間などは安心ですが、
日々の仕事内容に関する努力に変わりはありません。
そこに甘えは厳禁です。

ブランクがあるので、改めて学ばなくてはいけないこともあり
お休みの日は勉強にいそしもうと思っている次第です。

写真を撮る時間も減るかなと思うけれど
仕事に慣れれば
また時間を見つけて
写真も撮りたいなぁと思っているところです。
気分転換もかねて。。。

自分ではまさか以前の職種に戻るなんて
考えてもなかったのです。

医療関係なので
いろんな意味で
葛藤がありました。

薬のこと
西洋医学のこと
自然療法や東洋医学にも関心がある中
自分の病気に対する反発心
(あ~病状は安定しています。)
受け入れることができずにいたこと。。。などなど
いろんな葛藤が
心をよぎりました。

それを払しょくしてくれたのが
大島行です。
健常者も障碍者も何の区別もない…
そこに合点がいったんです。

友人の協力なくしては実現しませんでした。
そうして仕事復帰しなさい、と
口を酸っぱくして言われました。。。

背中を押してくれた友人には感謝の一言に尽きます。。。
そうして支えてくれている家族にも感謝です。

まだまだ勉強することは
山のようにあります。
今日が第一日目ですから。。。

一歩一歩
一日一日を
一生懸命に
生きていこうと思っています。。。

感謝を込めて。。。

Sachiko / Umi


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by planet-of-love | 2015-10-26 22:40 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

内的エネルギーと爆発

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もし仮に、自分の中でとどめてしまっているエネルギー、例えば外へ向かいたいのに内へ向かってしまうことがあるなど、そういう場合、体内ではいったいどういうふうな状況が引き起こされるのか、考えたことはあるだろうか。


体力も気力も十分だが、場が許さなかったり、何かしらの対象物がない場合、どうエネルギーを外へ向けていくのか。


ほんとうは、アウトドアが好きなのに、自分で気づかずに、家の中でくすぶっていたり、あらゆる理由で、外とのかかわりがない場合、出したいものは出せずに、小さな体の中で充満し、結局行きつくところはビョウキという現象だったりする。




自分で自分の感情や好みを知らず暗中模索状態で、自分の内側ばかりに目を向け、分析しても、当の本人は、その中に答えを探すことはできない。なぜことがうまくいかないのか、なぜ自分はこうなのか、と考えても、動いていないからエネルギーの作用が返ってこないで、自分の中を堂々巡りする。


引き寄せるというよりも、エネルギーがエネルギーとして動いて関わりを持ち、交流し合い、この宇宙の(地球の)大自然の中で、豊かさを味わうことでしか、真の生きがいは見つからない。大自然というのは単に自然界の名前を呼んだのではなく、人間も社会も含めた、トータルな学びの場としての大自然である。



私も長い間気づかずに、内側の模索に明け暮れ、行きつくところまで行った。でも、実はそこを通り抜けることでしか、味わえなかった、豊かさの本質的なものを享受するための道のりだったと今は思う。


真の豊かさは、ハートのシンでしか味わうことはできない。それが全身にいきわたってよろこびいっぱいあふれるのである。それが生きるということ。


だから、真に自分をいたわり愛そうとすればするほど、動くということは大切なことである。単に足を動かすという意味合いではなく、発信すること。エネルギーを外へ向けることである。




今まで社会的に何の活躍もせず、一歩引いたところで泣いてばかりいた当の本人は今、変化を目の前にして大爆発の予感を言い続けている。エネルギーが内側から徐々に外へと流れ始め、じわじわとした変化を続けている。

内的なエネルギーとはそれほどすごいパワーを秘めたものなのだ。


だれかしらが、なにもできないと嘆くのではなく、自分にも大爆発するくらいのパワーが秘められているのだと、自信を持つことで、現状は少しずつ変化していく。

あなたも…。

Umi.


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by planet-of-love | 2014-07-12 17:48 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

ミラクル

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家族に怒りをあらわにしたり、依存の問題が頭をもたげるようになっても、ハートのシンの豊かさは変わらなかった。伝わってくるしあわせの感覚や大丈夫というメッセージも受け取っていた。


そして受け取った後は決まって、感謝がわいてくる。


不思議だった。


長いトンネルを抜け出そうとしているかのようだった。最後のあがきでエゴが変わることを反発しているかのようだった。


その私も、変わることを引き受け始めた。本質が熱いハートの源泉。豊かさを知っているからには、変わらざるを得ない。


ひとは成長する。変化する。真に本質を知れば、宇宙の営みによって生きるしかない。そこには現実が変化するという単純で明快な法則が働いている。


それを自然の法則という。


大自然、宇宙のなかの地球としての学びのベースそのものである。




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by planet-of-love | 2014-06-21 17:10 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

もうすでにあるもの

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世界を見渡しても、もう時代の終焉的な発想と、逆に進化するテクノロジーの発想に終始し、もう時代はすでに変わっていることに目が向いていない。


時代の根幹は豊かさのエネルギーであり、どこにも誰にも訪れているものでもある。心の淵に立てば、自分の深遠な泉には豊かさがもうすでにあり、何を必要とするとか、不足の思いとか、そういったものはなにも出てこない。


もう十分すぎるほど満たされているのである。


かりに現実で足りない何かがあるとしても、それはすでに始まっている豊かさへの変換の序章にすぎず、後からついてくる現実の一端は見事なまでに解決の一途をたどる。


私のハートの源泉から湧き上がってくる思いは、満たされている、不足はない、その一点である。




有史以前の地球の根源、あるいは宇宙のはじめの意識によるときっと、豊かさもしあわせもいつか味わうことになると、みんな知って生まれてきたのではなかろうか。


ひかりの粒だった個人の意識が、あるいは溶け合った雄大な意識の波が、願いをもって、生れ落ちて人間へと進化したことは想像に難くない。今の科学の先端ではそういったことも研究されているであろう。



あなたがもし、足りないと常日頃感じているのであれば、現象にとらわれすぎていて、本質を見失っているのではないか。本質とは、根源のエネルギーのおおもと。目に見える段階から見えないものを感じる段階へシフトしていく必要性を私は感じるのだが。



他愛のない日常の小さな出来事によろこびを見出すことはそう難しいことではない。大きな夢も、地球規模の夢も、小さな草の根的なところの行動から叶っていくものではないのか、そう思えるのだ。


夢はでっかく、足元は着実に。
現実のいまを生きよう。

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by planet-of-love | 2014-06-17 08:09 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

エネルギーと自尊心

曇りがちな風景も梅雨にはよくあることだ。
雨よりも少し寂しげに見える。


そんな日常にも自分のいろんな気持ちがわいてきて、自分のことを考えてはこんな時はどうすればいいのだろうと疑問を抱く。



私には、男女間のことで自分が痛い失敗をして(よくあるダメンズウォーカー的なこと)、自立と依存の関係に心を傾けてしまうときが多々ある。

自分で打破しようと前に向かって進むにはエネルギーが必要だ。進むという表現はここでは使わざるを得ない、がほんとはどこへも行かない、ドアが開くだけである。

宙を駆け巡って膨大なエネルギーがもたらされているにもかかわらず、心のよりどころにならない。片っ端から自分を苛み始める。エネルギーの多大なロスである。



これをするには私では無理ではないか、とか、これをするにはこうあらねばならないのではないか、などという疑心暗鬼。

依存があるから、自分を受け入れられない。だれかが、基準で、だれか、がシンにならなくてはいけない。



本当は自分がシンである。自分の中にシンがあるのであって、天からもたらされ育てられたシンは強い。本当のシンは初めて出会ったとき、ひたすら信じられる。

もし、それがささやかなものだったとしても、ただ感じるままに信じるということ、そして、結果として現象の中に信じたことが形にあらわれることで、自分の思いを信じること、果ては自分自身を信じることができ、本当の意味で自尊心が芽生え、自分を受け入れられるのだ。



私のまなびはこうだ。

信じなさい。ただ感じることを感じるままに…。


私になかには、未来的エネルギーのひかりの束が呼びこまれるように決まっているのである。もうすでに未来のエネルギーは訪れている。ハートの源泉からそう伝わるから。


あなたのなかにも…。

時代がそう要請するのだ。

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by planet-of-love | 2014-06-14 09:43 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

風と光

風と光のとおる場所には今までにない未来への入り口がある。
未来は時間的先ではなくて、空間と時間のもつ雄大なエネルギーの総称。それがときに私のところへしあわせやら愛やらを運んでくる。


ふっとしたなにげない瞬間に訪れるこころを揺さぶる動き、その空間とエネルギーとのシンパシー。


あー母の愛だ。


その瞬間もそう思った。
自分一人の母ではなく、もっと根源の、母とはこういうもの、そんな愛を感じた瞬間だった。ハートにしみこむ。特別なことはなにもしていない。何気に部屋にいて孤独にPCをいじっていた、そんな瞬間に。


あるときは、コーヒーを淹れようとして、ふっとその他愛のない日常の瞬間に、すうっと入り込んでくるしあわせのエネルギー。


わぁーしあわせってこんな瞬間のことなんだ。そう思った。

いつもそんなときは、なんてことのない日常の一コマ。
みなさんの周りにも、そんな瞬間が潜んでいるかもしれない。















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by planet-of-love | 2014-06-12 15:34 | エッセイ | Trackback | Comments(0)
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生活はうた…。日常の一コマを切り取ってみました。記事の無断転載、転用は固くお断りいたします。


by Sachiko / Umi
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